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しののめ信用金庫 前橋営業部

建築の本来の価値を見出す

本建築(しののめ信用金庫前橋営業部ビル)は、東京オリンピックが開催された昭和 39 年(1964 年)に竣工している。しののめ信用金庫として合併する前の「前橋信用金庫 (2002 年よりぐんま信用金庫 )」の本店として構えられ、設計は現久米設計の久米建築事務所が行い、施工は地元の小林工業が行った記録が残っている。当時としては意欲的な鉄骨鉄筋コンクリート造(SRC 造 ) で、金庫肝いりの建築物であったことが伺える。しかしながら築 50 年を越え、設備面でも老朽化が否めなくなり、2015 年に行った耐震診断により危険性ありという判定を受けてしまったことから、建て替えが検討されていた。HAGI STUDIO がプロジェクトに参画したのはまさに建て替えやむなしという議論のなかだったが、SRC 造による迫力ある無柱空間や、既存図から伺える建築物本来の魅力、また前橋の地にすでに50 年親しまれてきたという時間の蓄積自体が価値であると感じ、建て替え案とともに改修案も提案することとなった。構造設計者の所見などから、既存の構造には致命的な欠陥は見当たらず、壁量のバランスを取り戻すことで耐震基準を満たせることが明らかになり、改修案はより現実味を帯びてきた。

金融機関の支店という存在を超えて

本計画の初期段階から近隣のエフエム群馬社屋の移転計画が敷地内に組み込まれ、地域メディアとしてのエフエム群馬社と、地域金融のしののめ信用金庫というこれまでにない組み合わせが実現することとなった。異なる二社が一つのエリアを共有し、どのように地域や経営に相乗効果をもたらすことができうるのかが問われる。このように複雑な事情が絡みながらも、建築の完成をゴールとしない持続的な取り組みとするために、プロジェクトデザインの第一人者であるトーンアンドマター広瀬郁氏に計画初期から参画を依頼し、両社の経営層、実務層を交えワークショップを重ねながら計画を練り上げていった。また、本プロジェクトの重要な目標は、地域に根ざす地域金融としての信用金庫の本来の可能性を呼び覚ますことだった。信用金庫は法人格として都市銀行や地方銀行と違い株式会社ではないことからも分かるとおり、「地域との共存共栄」を目的とした協同組織である。このような組織だからこそ、自社の利益を追求するだけでなく、地域の魅力を高め地域に愛される場を提供することで長期的な視点に立った総合的な発展を目指すことができる。そのため旧来の金融機関の支店という常識を越え、新たな場を発明する必要があった。

中継地点となる敷地/交差点としての広場

地域の魅力を高めるプロジェクトとするために、まずは建築の周辺エリアの中での役割を見出すことから計画は出発している。本建築が建つのは前橋市中心部である千代田町。東側に国道 17 号が面しており、中央大橋につながる公園通りとの交差点とも近い重要な立地である。しかしエリアの特徴を見出そうと思うと少々難しく、商業の中心部である商店街エリアと、県庁や市役所の立ち並ぶ官公庁エリア、るなぱあくや臨江閣を擁する行楽エリアのちょうど中間地に位置しており、どのエリアにも属しておらず明確な特徴に乏しい。しかしながら、見方を変えてみるとそれらの重要なエリアを中継する地点であるという特徴が浮かび上がってきた。敷地南側道路は前橋市が 2019 年に策定したアーバンデザインの中で各地域を結ぶ「歩行者用リンク」としても重要視している道路でもあり、これからの前橋の発展のためにも各エリアを繋ぐという重要な役割を担う場所であることが分かる。

そんなポテンシャルをもった街区 / 敷地であったが、既存建築物は東側の国道 17 号側に面して正面性(ファサード)があり、長手面である南側は駐車場として利用されるのみで入り口も小さな通用口しか用意されていなかった。西面や北面は明確に「裏」として扱われ、街区のほとんどは市民には無関係の場所となっていた。通常の計画であればそれでも機能は満たせるものの、本計画はより強く人々を引き込む場が必要であると感じ、街区の内外を反転させ、街区の中に「表」を生み出すため、中心に広場を設けることとした。広場は街区を囲む歩道空間と接続し、歩行者が安心して歩けるようにすることで、敷地内に人々を呼び込む。これによって、これまで裏であった南面や西面も新たなファサードとなり、建築が歩道空間に面する表面積は格段に広くなる。エフエム群馬社屋もこの広場を挟んでしののめ信用金庫と対角に配置することで、開かれた広場の魅力をともに享受し、発展していく未来を想像した。

都市の中の憩いの広場/建物内外の連続性

中継地点としての役割を担う広場を定義づける上で、ランドスケープ・アーキテクトのSfG大野暁彦氏との対話のなかで、年中イベントが行われる広大な芝生広場ではなく、ニューヨークの Paley Parkに代表されるような「都市の中の憩いの広場」という広場像が見いだされた。前橋商工会議所が打ち出す Green&Relax構想*にも呼応するように、夏の暑さが厳しい前橋において、木陰が落ち涼しさを届けるために高木を点在させ、ウッドデッキが適度な高低差を生みだすことで多様な場を提供する。また、2つの社屋とも広場に面した外壁には庇を巡らせベンチを配することで、街区の外から人の拠り所が広場まで連続するように計画されている。舗装は前橋全域での共通言語として利用され、国道 17 号の歩道にも使用されているレンガタイルを全面的に利用し、敷地外の他の拠点とも連続性を持つものとした。広場にはそのレンガタイルを突き破るように不定形のコンクリートの植樹帯が隆起しており高木や低木地被類が植樹されている。我々はこの分散する植樹帯をリゾーム(地下茎)と呼び、この地で 50 年以上建ち続ける信用金庫の建物を主幹とし、あたかも地下でつながる大樹の一部のように見せることで「この地に根ざす」ことの表象とした。ちなみに広場は前述の広瀬郁氏の監修のもと、しののめ信用金庫とエフエム群馬社の実務を担う若手社員を集めた協議体のなかで「つどにわ」と名付けられている。

広場が生み出す街路性を建築物の内部にまで浸透させるため、1 階ロビーは外部である広場と等価に扱われている。床は広場と同じレンガタイルを使用し、リゾームや外灯もロビー内にまで配置されている。信用金庫としての営業部機能は南側外壁ラインから一歩引いた位置に県産材を利用した木ルーバー壁として新設し、建物の中に入れ子状に建物が建つように見せることでロビーの外部性をより高めている。ロビーの外部性は増床された 2 階のライブラリーまで一体的に連続することで、広場と繋がりつつも内部の快適性をもった不思議な空間を創出している。

各階のキャラクター

4階建てとなる本建築は、全体として広場や国道の樹木との親密性は共通しながらも、各階ごとに特徴をもった構成となっている。一体的に連続した 1 階と 2 階は、この建築を特徴づける最も重要な空間であるといえる。広場につながる 1 階のロビーには、しののめ信用金庫前橋営業部、コーヒースタンド、ATM コーナーが配置されている。ロビーは南・西側に配置された風除室や ATM コーナーからアクセスでき、この建築物に訪れる人々の中心となる空間である。もともと 2 層吹き抜けの空間だったが、機密性の高い営業室全体は新たに増築されたボリュームに内蔵される。このボリュームの開口部として、長いカウンターの窓口や、個別の相談に対応する相談室、特別なお客様をお招きする応接室などがロビーに面して配置されている。広場とロビーを繋ぐ存在としてのコーヒースタンドが内外どちらに対してもサービスを提供できるように、風除室と同様の意匠で外壁の境界上を横断する計画としている。

2 階は営業室の上に増築された床を利用したライブラリーとなっており、1 階ロビーから伸びる楕円階段と西側の縦動線からアクセスできる。鉄骨造で増築された2階床は既存躯体とエキスパンション・ジョイントにより縁を切られており、異なる構造特性を調整している。ライブラリーには書棚や自習机、コワーキングスペース(ROOM_A、B) が用意されている。3 階はつどにわホール、信用金庫職員のための食堂、会議室、テナントの事務室が配置されている。大会議室は既存建築物に建設当初から備わっていた空間であったが、度重なる改修で昨今はホールとして使用せず天井を低く張って執務室として利用されていた。今回の改修では本来の二層吹き抜けの姿に戻し、多用途で利用できる空間とした。周辺樹木の枝ぶりが最も良く見える高さであることから、開口部はそれらの景観を取り込むように意識している。4 階はテナントスペースと、マシンルーム (MR) が配置されている。テナントスペースは建物の持続的な経営の一翼を担うものであり、信用金庫にとっても相乗効果をもたらす外的な要素となる。個別の動線や設備系統は確保しつつ、建物の魅力を伝え自由度をもって計画できるようなスケルトンのあり方を模索した。

コンセプトパンフレット(PDF)

概要

竣工2022年7月
設計期間2019年12月~2021年7月
施工期間2021年7月~2022年7月
所在地群馬県前橋市
用途信用金庫/コーヒースタンド/ライブラリー
構造SRC造(増築部:S造)
規模地上4階 地下2階
敷地面積2276.51㎡
建築面積810.40㎡
延床面積2473.31㎡ (容積対象:2435.23㎡)
種別リノベーション(一部増築)

体制

クライアントしののめ信用金庫
設計HAGI STUDIO(宮崎 晃吉・田坂創一・小泉大河・村越勇人)
共同設計twism design studio(木原ツトム)
構造設計金箱構造設計事務所(岡山俊介)
設備設計テーテンス事務所
電気設計ルナ・デザイン・ラボ
ランドスケープSfG landscape architects
プロジェクトデザイントーンアンドマター
サインManiackers Design
施工小林・宮下特定建設工事共同企業体
写真千葉正人

メディア

新建築2022年11月号
コンフォルト188号
商店建築2023年1月号
ArchDaily
FRAME
architecturephoto
LANDSCAPE DESIGN No.152

PEOPLE

携わる人たち

田坂 創一

HAGISO | 設計部門マネージャー

まちと運命共同体であるからこその、まちを受容する建築のあり方。この姿を実現できたのは、しののめ信用金庫の皆様の掲げる強い理想があってこそ。でした。

小泉 大河

小泉アトリエ(元設計スタッフ)

自身はじめての大型案件でした。暗中模索の毎日でしたが、見たことのない信用金庫が出来上がったと思います。ここで育った種が未来で花咲きますように。

村越 勇人

HAGISO | 設計士

入社初めて担当したプロジェクトで、大量の模型スタディー、スタッフ総出での実施図アップ、現場での設計変更など、とにかく必死に食らいついた3年間でした!

宮崎 晃吉

HAGISO | 代表取締役

赤瀬川原平の作品「宇宙の罐詰」がカニ缶のラベルを内側に貼り直しまた蓋をすることで世界を反転してしまったように、一つの建物が都市を反転して構えることで、都市の見え方が変わる可能性をもったプロジェクトになりました。

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